黒戸尾根&北岳山行の2日目。(前回はこちら)
起床は04:00。昨晩炊いておいた米を食べつつ、地図で行程を確認。今日は仙水小屋からアサヨ峰に登り返し、広河原峠~広河原山荘へと降りていく。600m登って、1300m下るコースだ。
テントを撤収し、05:30に出発。
昨日の疲労がどれだけ溜まっているのか、一歩一歩確かめながら踏みしめる。早朝の角度の低い太陽光が目に刺さった。
だんだんと体が解れ、ジトっと汗が浮いてくる。どうやらこの調子、筋疲労は残っているようだけど意外と大したことなさそうだ。
ピークが2,899mのアサヨ峰まで、淡々と登っていく。
今日も今日とて天気が良い。快晴というにふさわしい空模様で、風も殆どなかった。朝のひんやりとした風が頬をなで、小鳥のさえずりが辺りにこだましている。ずいぶんと心地よい朝なもんだ。
順調に高度を上げていき、ふと振り返った。するとー昨日見た景色ーいや、それ以上の光景が広がっていた。
…雲海だ。
これは山頂まで行ったら、間違いなくもっと素敵なものが見られるはず。
僕は確信し、思わずシャッターを切りつつもペースが上がる。程なくして、山頂へ到着。
何処を向いても、眼下に広がる雲の海。
聞こえるのは僕らの足音と、鳥の鳴き声のみ。登っている最中、人の気配はなかった。
あゝ美しい…。
この景色をどう表現したらよいものか。僕は知らないけれど、これを美しいと呼ぶのだと、僕はそう思う。
山頂に立っているのは僕ら2人だけだ。
この独占感が、また病みつきになる。自分の好きなものを独り占めにするなんて、なんて贅沢な時間なんだろう?
大勢で分かち合う喜びや協力して成し遂げる喜びも経験してきたけれど、紛れもない自分の脚登ってきたこの山の頂で、この景色を自分だけのものに出来る喜びは、何物にも代えがたい歓喜だと思う。
…これはただの陶酔かも知れない。
だけど、それでもいいと思う。多くの大学生がサークル仲間といくつもの夜を騒ぎ明かし酒に酔いしれるように、僕はこの光景に酔いしれる。どちらも同じく素晴らしい。結局は趣味なのだ。
アサヨ峰の頂で、地図を見ながらAと作戦会議。
行動時間が想定よりも巻けていて、条件も良いので予定をプランBに変更することにした。ここから広河原山荘まで1,200m下って、そのあと明日登頂予定の北岳にある山荘ー白根御池小屋まで700mほど登りかえす。そうすれば、北岳のさらに先にある間ノ岳まで登れるかもしれない。
まだ10:30にもなっていない。時間は十分にある。
行き先が決まれば、あとは歩くのみ。途中多少のアップダウンがあるものの、下り基調の道のりだ。木漏れ日の尾根道を、テンポよく下っていく。
が、ラスト700mの下りが恐ろしく急な斜面だった。ルートラボで登山道をトレースすると、なんと平均勾配が-50%。自転車乗りならわかると思うけど、もはや壁である。(笑)
下りは僕の技術不足が顕著に表れて、Aのペースについていけなくなる。始めは脚力でカバーできるからいいが、脚が売り切れたらもはやなす術無し。体重+ザックの重量をコントロールするのが難しくなり、幾度となく滑る。そのまま転んではいけないから、そのたびに体幹と内腿の筋肉で踏ん張った。
上手くいかないのが凄く悔しくて、前を歩くAの身のこなし、足の置く場所をとにかく観察した。どんな踏み方をしたときに滑って、どんな時に滑らないのか?どんな足場の時にペースを稼ぐのか?学ぶことは多い。
やっとの思いで広河原近くの沢に来た。日焼けで火照った腕を、冷たい水で冷やす。川のせせらぎの音がまた心地よかった。
それから程なくして、広河原山荘到着。時刻は12:00。
さて、ここで水を補給して北岳登山の開始だ…!
僕はさっきの下りですっかり脚が売り切れ状態。既に生まれたての小鹿。Aはというと、昨日の黒戸尾根の登りが効いていたらしく、同じく脚に来ているようだった。ここから700m、踏ん張りどころといった具合か。
北岳へ向かう登山道は、日曜の午後という事もあり多くの下山者とすれ違った。山ですれ違う時は、危険をさせる為どちらかが山側に停止するのがルールなんだけど、基本的に下山者が待つのがマナーとなっている。これは下山の方が滑落や落石のリスクが高いからだ。
しかし、このマナーが僕らの脚に追い打ちをかける。待ってもらっている以上、さっさとすれ違わねばならない。数人ならまだしも、20人ほどの大行列を作られたりするものだから、もう限界突破してガシガシ登るしかない。(笑)
小学校の野球チームで「辛い練習の時ほど笑え」と言われていたせいだろうか?久しぶりに筋力の限界を超えているのが可笑しくて、ケラケラ笑いながら登り続けた。にしても、やっぱり笑う力ってのはすごい。辛いのが楽しくなってくるんだから。(笑)
山荘に到着したのは14:20。
今日の酒はワイン。テント場でぼんやりと空を眺めつつ、疲労を肴に酒を楽しんだ。
*** * *** * ***
3日目となる翌朝。
予定通り間ノ岳まで歩くため、03:00に起床し04:30には出発する予定だった。しかし、起きてみれば04:00…。二人で顔を見合わせ、無言の「やっちまった…」という空気がテント内に立ち込める。疲労のあまり、2人とも完全に寝坊した。(笑)
もう、やってしまったものは仕方ない。行けなくもなさそうだけど、帰りのバスの時間もあるから、無理は禁物だ。今日は北岳に登頂して、そのまま広河原のバス停まで降りるイージーモードに決定した。
山頂まで1,000m登って、バス停まで1,600m下るだけのコース。しかも前半はテント場に荷物をデポ出来るし、酒や食料も減ってきたから、重量的にもかなり余裕だ。
今日もまたビックリするくらいの快晴で、もう何もいう事はない。景色がいいのに加え背中が軽いとペースも上がり、500mUP/h以上でも余裕で歩ける。
実はこの北岳、標高が富士山に次ぐ日本2位の山である。(3,193m)
1位が富士山(3,776m)だというのは日本国民なら常識だろうけど、2位以降は知らない人が大半だろう。かくいう僕も、登山を始めるまでその名前すら知らなかった。
2時間かからずにサクッと登頂。
とはいえ、こうして登ってみるとかなり高い。天気がいいおかげで、遠くの八ヶ岳(霧ヶ峰やビーナスラインがあるところ)や、昨日歩いてきた甲斐駒ヶ岳等の南アルプスが一望できる。富士山を除いて、何処を見ても自分より高い場所はない。その富士山が、遠くにハッキリと見えた。
高いというのは、やはりそれだけでも価値がある。自分より高い場所がないという感覚は、登った者にしか分からないものだろう。この北岳も、その高度感が本当に気持ちがいい場所だ。そして富士山は、きっともっと気持ちがいい。
やっぱり富士山は高いんだなあと、そのスケール感を再確認。今年の冬、リベンジするから待ってろよ。今から冬が楽しみだ。
一通り景色を堪能し、下山。
長い下りが待っているわけだが、ここも行動時間が短く、荷物も少ないからサクサク下った。登りも下りもコースタイムの半分以下。このくらいのペースで歩けると気持ちが良い。
10:40に広河原山荘に到着し、バスの時間まで河原で涼んだ。
真っ青な空に、もくもくとした真っ白な雲。もうすっかり夏だ。今年の梅雨明けは早い。こうして季節を感じながら生きていることを幸せに思う。山はそういう、原点を思い出させてくれる。
登山なんてと思っていた僕が、こうしてすっかりその魅力に取り付かれているのが我ながら可笑しい。
『この雲を上から眺めてみたい』
そう思った方は、ぜひ登山にもチャレンジしてみてください。自転車乗りの脚力やマネジメント力は、登山と親和性が高いはずです。
おわり