自転車乗りは坂が好きだ。
キツイだのツライだのと言いながら、その達成感と景色が病みつきになり、ついつい登ってしまう。
話は登山になっても同じ。
より高い山を、より長い登りを、よりキツイ登りを、求めてしまう。
登山界隈には『日本三大急登』なるものがあり、
・ブナ立尾根ー烏帽子岳(標高差1,350m)
・西黒尾根ー谷川岳(標高差1,195m)
・黒戸尾根ー甲斐駒ヶ岳(標高差2,200m)
の3つがその内訳だ。
もちろん登山もロングライドと同じく、どの季節に?どんな天気で?どの装備で?どんな日程で?挑むのかによってかなり難易度が変わるから、一概にこの3つが大変とはいい難い。それでも、ここに名を連ねる尾根は一目置かれている。
今回選んだのは、その三大急登の中でも群を抜いた標高差の「黒戸尾根」。山行ルートは、せっかくなら近くの北岳(標高3,193m-日本2位)も登っておこうと、黒戸尾根→甲斐駒→仙水小屋→アサヨ峰→広河原→北岳→広河原。
全体で、距離36km・獲得標高4,880m。メンバーは、僕を山に誘ってくれた友人のAと2人。90Lザックをパンパンに詰めて、3日間かけて縦走する計画だ。

最近は装備の軽量化が進んでいて、大きなザックを背負っている人は殆ど見ない。大きなザックを背負っている人は、おさがりの装備を多用し重たい食材や酒を持っていく、僕ら山岳部くらいだ。
登山口まで金曜の夜に移動しておき、土曜朝から登り始める。
出発は05:30。夏至が過ぎたばかりとあって、明るくなるのが早い。4時にはもうすでに明るくなっている。
さて、つり橋を渡ると早速例の「黒戸尾根」の登りに入る。ここから一気に2,200mUP…。未知の数字に胸は高まるばかりだ。
登り初めは標高約750m。しばらくはこんな感じの樹林帯を歩く。
長時間行動の体力マネジメントは登山もロングライドもまさしく同じで、最初の2割くらいはアップのつもり。最初から飛ばすと故障につながるし、後半しんどくならないというのがポイントだ。
どうやら天気は予報通り良さそうで、じわじわと気温が上がってくる気配がする。これは暑くなる前に、さっさと標高を上げておきたい。
標高が上がるにつれ、だんだんとガスが出てきて、気温が低くなっていく。
この現象は何度も経験してきた。
始めは天気が悪くなったと思っていたけれど、違う。雲の中に入っているのだ。日の出から時間が経つにつれて、雲海をなしていたガスが山頂に向かって上がってくる。つまり僕は今その中にいて、登り続けてガスを抜けてしまえば、最高の景色が待っているという訳だ。
気温逓減率は0.6℃/100mだから、数百メートル上がるだけでも結構涼しい。それなのに、斜度が急な区間が増えてきて、すでに2人とも汗ダラダラ…。
ガスで先の見えない、永遠に続きそうにも見える尾根を、ただただ登っていく。
所々に祠やお地蔵さんが立っていたり。誰がどんな想いで立てたのだろう?
湿った空気の森は、とても静かだ。ドス、ドスと、地面を踏みしめる音が響く。体重と装備を合わせると90㎏くらいだろうか。登山用の硬い靴底も相まって、一歩一歩の音が重い。
5合目を越えたあたりから、やっと岩場が出てきた。このゴツゴツした大きな岩を目にすると、山に来たという実感がわいてくる。景色が少しでも変わってくると、着実に登っている事が実感できるからうれしい。今のところ400mUP/hのペース。いい感じだ。
「登山」というと、一般的にはどんなものを想像するのだろう?
僕がまさしくそうだったけど、「樹林帯の森の中をひたすら上るだけのイメージ」だとしたら、一番大事な部分が欠けていると思う。
それは「森林限界を超えて、雲の上に出る瞬間」だ。
ふふふ…。
思わず笑みがこぼれる。全く予想通りだ!
かれこれ4時間、1700mくらい登ったところで、やった雲を抜けられた。いつも見上げる存在と、目線を並べるこの瞬間。僕は不意にゾクッとする。
そろそろAにも疲労が見えてきた。
技術を要しない登りでは単純な体力勝負になるから、ローラーで鍛えている僕の方が得意。それでも、しんどい時の粘りは彼の方が上だ。ヘロヘロになっても付いてくる歩きにはいつも驚かされる。
昼に近づくにつれて、ガスがまた勢いを増して上がってきた。
さあ、あと500mだ。
じわじわと迫るガスに背中を押されつつ、順調に高度を上げていく…。
そして、ゴール!!
どうやら間に合わなかったらしい…山頂付近はガスに覆われていて、遠くは見渡せなかった。まあ、これは時の運もあるから仕方ない。早朝発の昼着だと、こうなる確率はどうしても高くなってしまう。
それでも、名高い黒戸尾根を登り切った達成感は大きい。
到着は12:00ちょうど。出発から6時間半、コースタイム合計の70%。
甲斐駒は人気の山だけあって、他の登山客も多かった。黒戸尾根では数人しか見ていないから、恐らく僕らとは逆側の尾根から登ってきたのだろう。
僕は正直、山でも人の多い場所は好きじゃない。ツアーのような大勢でワイワイ登っている方々を見ると、さっさと帰りたくなる。何のために山に来ているのか分からなくなるのだ。それはAも同じで、休息もそこそこに今日のテント場である仙水小屋へと向かった。
小屋へ下っていく途中、振り返るとさっきまで僕等がいた甲斐駒ヶ岳の頂が見える。やっぱりガスに覆われているなあ。次来るなら、日の出の時間に合わせて登りたい。
800mほど下って、14:45頃テント場に到着。
9時間以上の行動時間だと、さすがに脚もパンパンだ。お互いの健闘を称え、テントを張る前に乾杯!
ゴクッ、嗚呼~…。
行動終了後のビールは最高に美味い。近くを流れる沢がザーザーと音を立て、頭上の木々は風に揺れる。Aがつまみに持ってきたブロックベーコンを豪快に焼き、油のはねる音といい匂いが広がった。うん、今日もよく頑張った。
明日は広河原まで一気に下って、明後日の北岳登頂に備える計画だ。さて、ゆっくり休もうか…。
つづく(次回はこちら)
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