心地の良い目覚めだった。
旅に出て、一番の朝だったかもしれない。といっても、ここまでの朝はお世辞にも良い環境ではなかったのだ。暑すぎたり、テント内に雨が降ってきたり。
今朝は穏やかで、昨日の雨は止んでいた。そして僕らはこれから、昨日出会った方の家で朝食をご馳走していただくのだ。気分が落ち込む訳なんてない。
T僕「おはようございます!」
さっさと準備を済ませ、僕らは昨日のカフェへと向かった。昨日の夜は仲良く話をしていたが、いざ仕切りなおして会うとなるとなんだか気恥ずかしい。
小父「おはよう。雨止んでよかったな!」
カフェは着々と開店の準備を始めていた。カフェで朝ごはんを頂くなんて、なんて優雅な朝なんだろう?
小父「今日はどこまで行くんだ?」
T「仙台までの予定です」
僕「僕の実家が仙台にあるので、今日はそこに一泊する予定です」
小父「そうか。白石のあたりは峠だから大変だぞ?」
小父「阿武隈川沿いを走って行けば平坦だから、そっちを通るといい」
T「そうなんですね。これだと、どのルートですか?」
スマホのgoogleマップでルートを確認する。走りながらもすぐに確認できるし、適宜ピンを打っておけば忘れることもないから、やっぱり便利だ。地元の人の知る道と、文明の利器の融合だ。
朝食を食べ終え、何度もお礼をして出発した。さあ、いよいよ実家の仙台へ。ルートを確認するとここからは100km弱だ。
*** *** * *** ***
雨は止んだものの、快晴とは行かずどんよりとした曇り空。しかしそのおかげで気温が上がらず、かえって走りやすかった。
教えてもらったルートは阿武隈川のサイクリングロードを通る道で、とても快調に走ることが出来た。やっぱり地元の人の知る道は良い。
程なく宮城県に入り、知っている地名がたくさん出てくるようになった。確実に実家に近づいている。その感覚に励まされながら、田舎道を淡々と進んでいった。
やっぱりTのバイクはFDの調子が悪いらしく、途中サイクルベースあさひにピットイン。
店員「お、自転車旅ですか!学生さん?いいですね~」
自転車好きにとって、自転車旅というのはロマンであり夢のようなものらしい。どんなものを使っているのか、どんな道を通ってきたのか?とても興味深そうに、楽しそうに話を聞いてくれた。自転車旅って、こんなにも人の注目を集めるものなんだと驚いた。
軽いメンテナンスをしてもらい、装備も追加で購入し再出発。もうゴールは目前だ。
*** *** * *** ***
そして、仙台に到着。
だいぶ走るペースもつかめてきたのか、十分日があるうちに実家に着くことが出来た。突然自転車旅をするなんて言い出して、本当に走ってきたら両親はどんな顔をするんだろう?そんな疑問と楽しみを抱きながら実家のインターホンを鳴らした。
僕「ただいま」
父「おう、よく来たな」
なんだ、普通の反応か?
母「お帰りなさい」
母「って、あなた達。もの凄い匂いだから早く服脱いでお風呂に入って!」
おぅ、そう来たか。
僕「確かに風呂入ってなかったけど…え、俺らそんな臭い?」
母「うん、匂いでこの部屋にいたことが分かる」
僕「えぇ…」
どうやら昨日の雨は、汗を流してくれた訳ではなさそうだった。一応臭い自覚はあったんだけど、自分たちじゃ慣れのせいで分からない。
にしても「部屋にいたのがわかる」なんて、いきなりハイレベル過ぎないか?(笑) 一体どんな臭さなんだよ…。
そんなことを言われるのは心外なので、さっさと風呂に入ってさっぱりした。3日ぶりの風呂が最高に気持ちよかったのは言うまでもない。
*** *** * *** ***
バイクのメンテを済ませたら夜ご飯。
いつも食べていたはずのご飯やみそ汁が美味い。食べなれた味というのはどうしてこんなに安心するのだろうと、一人しんみり思ったりしてみた。食卓が懐かしくなる感覚を、こんなところで感じるとは。
夕食を済ませると、明日からの行程をTと話し合い、翌日に備えさっさと寝た。200km×5日を往復するという無謀な計画はとうに破たんしていたので、帰りは輪行にしのんびり北海道へ向かう計画に変更。
せっかく時間が出来たのだから、東日本大震災の被災地である海岸線=45号線を走ることにした。アップダウンの多い道だが、それはそれでいいだろう。ここまでの4日間で、この先走り抜く覚悟が決まった。
何処かの社長さんも言っていたっけ。『覚悟は、言葉にしたときに芽生えだし、行動が伴うほどに本物になる』まさしくその通りだ。僕は、なんとしても北海道まで行ってやる。
そんなことを、見慣れた自室の天井を見やりながら思っていた。慣れたベッドに嗅ぎなれた匂い。多分ここほどに安眠できる場所はないだろう。気づけば僕は、深い深い眠りについていた。
*** *** * *** ***
翌日は晴の予報だったから、早めに出発する予定だった。
しかし安眠しきった僕が起きられるはずもなく、その姿を見たTもまた、永遠に寝ていられるほど疲れていた。結局僕らが起きたのは、太陽が西に傾きだしてからだった。
寝坊したのはさほど驚くことでもない。正直、予測はついていたさ。僕らは互いが起きたことを確認すると、言葉少なく淡々とパッキングに取り掛かった。
日が傾いてからの出発なんて可笑しな話だが、そんな日もある。
(それもまた『旅』だよな。
今まで僕を縛ってきたルールやルーティンが、面白いほどにぶっ壊れていく。そんなもののすべてが、小さく感じられた。涼しげな東北の夜風を受けながら、僕はペダルを踏みしめた。
*** *** * *** ***
今日の寝床は松島。
地元で見慣れた景色だが、一応日本三景に入ってたりする。確かに珍しい景色だけど、所謂『観光地』と化している部分にはその魅力は微塵も感じられない気がした。
と、お囃子が潮風にのって松島湾に響き渡り、花火が打ちあがった。どうやら今日は夏祭りの日だったらしい。なんという偶然、寝坊して良かったじゃないか(笑)。ああ、僕らは運がいい。
男二人で花火鑑賞もイマイチなので、僕は一人で防波堤まで歩いて行った。真っ黒な海に、打ち上げ花火が輝いた。波の音と遠くに聞こえるお囃子に、どこか懐かしさを感じてしまうのはなぜだろう?鼓舞しの聞いた歌声が、松島湾に響き渡る。
(ああ、いつか自分の家族とこの景色を見たいなあ。
柄にもなく、そんなことを思ったりした。
僕「こんなにいい夜なのに、お前と2人ってのが癪だなあ」
T「うるせえ、俺だって自分の家族とこの景色を見たいわ」
フィナーレに向かう打ち上げ花火を尻目に、僕らはテントに入って寝に入る。明日は今日の分も走らねば。狭いテントに、男二人肩を並べて眠りについた。
つづく