『12月にバイク間に合いそうです!』
Bombtrackの日本代理店であるライトウェイさんから連絡がきた。思わず頬がニヤ付き、小さくガッツポーズ。待ち望んだ瞬間だった。
やってみたいこと、試したいこと……。そんな超個人的な興味関心を、誰かに応援して頂けるとは思っていなかった。それが気が付けばバイクブランドのアンバサダーに製品提供に……と沢山の応援を頂き、思う存分遊べる機会を頂けた。
それが今回の、冬季北海道ライドである。
<目次> 1.もう一度行くか、冬北海道。 2.僕に何ができる? 3.フェリーで揺られて 4.今夜も星を眺めて走る
1.もう一度行くか、冬北海道。
2019年、2020年と、僕は2度冬の北海道を走っている。どちらも当時の僕の最大限の挑戦だった。
初めての氷点下2桁キャンプツーリングに、冬山ソロ登山の行程を詰め込んだファストツーリング……。終盤には、身体が悲鳴を上げることもあった。
「もう来ることは無いかな」
寒さに凍えて眠れない夜、凍ったまずい飯を喉に押し込むとき、吹雪かれ前が見えない日……僕は何度もそう思った。
でもどこかで常に楽しんでいる節があって、家に帰れば「もう一度行きたい、試したい」という思いが沸き上がってくるのだった。帰省の度に走っていた横浜→仙台の400㎞TTが1つのベンチマークになっていた様に、冬の北海道もまた、僕の装備やツーリング能力のベンチマークになっていたのかも知れない。
とはいえ、流石に2021年の冬は行かないつもりだった。試したい装備はあっても買うお金がないし、新型コロナに後ろ髪を引かれるという言い訳(いや、無視できない懸念があるのは事実だけど)も揃っていた。
と、そこに「Bombtrackのアンバサダーを務めないか?」というオファーが来た。オファーを頂いたとき、燻っていてた心が一気に晴れて、このチャンスは乗るしかないと飛びついた。
バイクの提案をして頂いた瞬間、一気に頭の中に装備が描かれた。もともと買おうかと思っていたバイクだったのもあり、規格やら何やらは既に頭に入っている。あぁこれならイケそうだと、あの峠をこう走ってああいう道をそう駆け抜けて……と、構想がどんどんリアルになっていく。
『よし、また行くか、冬北海道。』
こうして今年の極寒ライドが決定した。
2.僕に何ができる?
新たなギアが揃った理由は、Bombtrackのアンバサダー就任だけではない。
ちょうど同時期にAlternative Bicycles代表の北澤さんからも「気になっているギアはサポートしますよ。」という嬉しいご連絡を頂いた。ライトウェイさんには、バイクのほかにウェア等もサポートして頂けた。
ななんと!
Alternative Bicycles様よりご提供頂きました!!
めちゃ気になってたアイテムが勢揃いで興奮してます。北澤様、ありがとうございます! pic.twitter.com/0rVuxQnQ56
— S.K. (@r0adbike_sk) January 9, 2021
沢山の支援を頂き、両手でも抱えきれないギアが揃った。
今まで完全に自前の装備で走ってきた僕にとって、これは新鮮な感覚であり、また少し戸惑った。ある種の憧れでもあった装備達が、尊敬する人の手からポンと目の前に現れたのだから無理もない。しかも1つや2つではなく、フルセットで揃うときた。
『自分は何をするべきなんだろう?』
冷めぬ興奮と同時に、そんな疑問がポツリと心に芽生えた。
このサポートは応援であると同時に、プロモーションでもあるのは理解している。そういう損得やお金の話を趣味に持ち込みたくないと、サポート等を断る方も少なくないのも知っていた。
そのうえで僕はサポートを受けることを選んだけれど、いざこうしてその立場に立たされると、どうしようかと悩みが生まれない訳ではなかった。どんな感情になるのかは、当事者にならないと分からないものである。
僕は『このブログが皆様の「楽しい」を生み出すきっかけや、何か手助けになれば嬉しいな』と思って書いてきた。ひいては、好きな自転車趣味が発展する一助になれたなら、それは凄く幸せなことだ。
だからこそ、今の立場は光栄で嬉しい反面、立ち回りが難しいなと感じる面もある。「難しく考えず、自分を貫けばよいのだ」と頭の中で答えはとうの昔に出ているけど、腹の中はそう簡単に腑に落ちるものでない。
3.フェリーで揺られて
複雑な心情とは裏腹に、慣れた旅の準備は着々と進む。
あっという間に出発の日、仙台港から太平洋フェリーに乗り込み、いざ北の大地へ赴く。
僕はフェリーの甲板が好きだ。
この時期は寒いので誰も出てこないけど、遠くの海を眺めながら潮風に当たるのが心地よい。水平線には惹かれる魅力があるし、雲の切れ間から差し込む太陽が、海面を輝かせるのもまた美しい。
そんな海にフェリーの軌跡がずーっと残され消えていくのを、ただ眺める。ぜいたくな時間だ。
新型コロナの影響もあってか、トラックドライバーと思しき方の他はほぼ乗客がいなかった。去年や一昨年は酒盛りでにぎわっていたフリースペースも、今年はガラガラ。
コンビニで買っておいた夕食を隅っこの方で食べ、しばし微睡む。船内は携帯の圏外なので暇つぶしも無く、ぼんやりとした思考の中であれやこれやと思いに耽る。
『これからどんな走りをしていこうかな』
今回は、冬の北海道ながらに一眼レフも持ってきた。僕が満足いく写真を撮りたいというのが大きいけど、発信の質という意味でも必要だと思ったからだ。
正直なところ、冬の北海道でも今の体力とこの装備ならどのくらい走れるなとか、撮影を頑張るとしたらこのくらいまでかなとか、だいたいの想像は付く。想像が付いてしまうからこそ、どんな5日間にするか悩んでもいた。
フェリーで苫小牧港に到着したのちは、輪行で大雪山系をワープし一気に道東へ。本当はこの大雪の地帯も面白いんだけど、交通状況的に危険で走るのは忍びないので輪行がベストなのだ。
この日は異常に気温が高く、フリース1枚で過ごせるほどだった。それもあって、いまだに北海道に来たという実感がわかなかった。
4.今夜も星を眺めて走る
長い船旅と輪行を終え、いよいよスタート地点の釧路駅に到着。これから2021年の冬季北海道ライドが始まるのだ。3度目の北の大地を踏みしめる感覚は、ただ淡々としていた。
写真を撮ってツイートして、バイクに跨る。凍結路の感覚を確かめながら、バイクや身体の状態をチェックしながら、釧路の市街地を抜けていった。
今夜は明日の負担を減らすべく、数十㎞ほど進んでおく予定だ。
市街地こそ明るいけれど、少し走れば辺りは闇に包まれた。この辺りはほぼ住居も無いので、人の気配とも隔絶されている。
みるみる気温も下がっていき、あっという間に氷点下二桁に。インターバルのかかる海岸線のアップダウンを、ダンシングを挟みながらスピーディーに流す。
汗ばむ身体に、呼気で凍るネックウォーマー、コーナリングでじゃりじゃりいうスパイクタイヤ。決して快適とは言えない環境だけど、バイクとの一体感や目の前のコーナーに集中している僕にとっては、そんなのどうでも良いことだった。
冷たい空気が喉を刺し、肺へと流れ込んでいく……。
『あぁ、そうだこの感覚だ』と、一人でニヤついてきた。すべてを置き去りにできる様な、自分の感情が一番素直に出る瞬間。そんな時間が好きで走り続けてきたのだと、なんだか原点に返った気がした。
風はやたらに強いけど、雲が吹き飛ばされて星々が輝きだした。はあ、綺麗だなぁと空を眺めてクランクを回す。星も撮ろうと意気込んで一眼を背負ってきたくせに、そのために止まるのが嫌で結局とらずに走り切ってしまった。
強風の中何とかシェルターを立て、マットを敷いて一息つく。
ああ、やっとこの時間が始まったなと、凍てつくシェルターの中で思いにふける。この世界が好きで、自然の中にちっぽけな自分が息をしている感覚がたまらなくて、僕は走ってきたんだった。
いよいよ、明日からが楽しみになってきた。好き放題走ろうじゃないか。
つづく