自転車の聖地ともいわれる北海道を一周する。
それはかねてからの目標であったし、日本で走ったことがない地方は北海道くらいだったから、地図を自分の軌跡で埋めたいという単純な欲求もあった。
<目次> 1.はじめに 2.北海道の絶景 3.クマ遭遇
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計画を立てるに当たり、僕は尊敬するロングライダーの方々が話題にしていた『Around Hokkaido 2400』という超ロングブルベに触発された。2,400㎞を超える距離を、215時間(8日23時間)以内に走り切るチャレンジ。270㎞/日でぎりぎりのペース…。
ーやれるかは分からないけど、僕も走ってみたい。
ルートと目標はそれで決まった。
しかし、その挑戦は一筋縄ではいかない。なにせ、今まで2,400㎞なんて距離を走ったことがない。スケジュール、費用、脚力、装備と、用意するべきものがたくさんあった。
その参考となったのが、今年春に行った紀伊半島一周、九州一周だ。どちらも連日のテント泊・長距離ライドで、250㎞/日のペースまでなら継続できた。といっても、その距離は1,250㎞しかないし、最終日には疲弊しきっていた。
ー果たして、僕はどこまで通用するのだろう?
北の大地を目指し、ローラーに跨る日々。気が付けば、北海道一周が始まろうとしていたのだった。

横浜から青森までは自走し、青森から津軽海峡フェリーでここ函館に到着。昨晩は函館山ゲストハウスに宿泊した。今晩からはテント泊が始まり、シャワーも毎日は浴びられない。
他の宿泊者はまだ寝ているから、ひっそりと布団とシャワーに別れを告げた。セイコーマートで朝ごはんを食べ、補給食を買い込んで準備完了。
2018年08年28日 06:25。
函館駅前でツイートを済ませ、バイクに跨りクリートをはめる。このパチッ!という音。出発の合図のようで、毎度テンションが上がる。過去最長のライドに旅立つのだ。
さあ、いよいよ北海道一周の始まりだ!!
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勢いよくスタートしたものの、さえ先のいい始まりとはいかなかった。朝の予報でも1日曇りだったが、出発早々に雨模様。急いでレインウエアを着こむ。
そこに追い打ちをかけるように、後輪のパンク。どうやら貫通系で、金属片が刺さっていた。
まあ、焦るなということか。イレギュラーな停車はグロスペースを大幅に下げる原因となるから、なるべく避けたい。手早くチューブを交換し、再スタート。
今回の新装備であるVittoria Corsaは、ビードが柔らかいタイヤだから着脱が非常に楽でいい。タイヤレバー無しでも普通にはめられる。対パンク性も大事だけど、パンク後のリペアのしやすさも同じく重要だと僕は思う。
軽い峠をいくつか超えていくうちに、いつしか天候は回復し晴れてきた。よしよし、いい感じ。

天気が良くなって、驚いた。
北海道の海の青が、初めて見る色だったのだ。今まで見た海の中で、断トツ一番濃い青だった。凄く深くて、澄んでいて、鋭さがある。空の青は対照的に、淡く白みがかった青色である。水平線のコントラストが美しい。
ああ、この中を走れただけでも、北海道まで来た意味があるというものだ。
北海道の最南端「白神岬」を回収。
特に観光地化されている訳ではなく、道路の片隅にひっそりとこの目印があるのみ。有名になったスポットよりも、僕はこのくらいの方が好きだ。
のんびりと1人、海を眺める。晴れてくれてよかったなあ。雨は雨で楽しいけれど、やっぱり晴れが一番である。それに、まだまだ先は長いのだ。荒天での疲弊は避けて、体力を極力温存したい。
左手には目を見張るような青の海、右手には草原に覆われた丘が続く。
日本の海岸線は、普通森の中を通る。よって右手に広がるのは広葉樹に覆われた森であることが殆どだ。しかしここは北海道、そこにあるのは木々ではなく原っぱだ。この見晴らしの良さが、僕の心を晴れやかにする。
「今まで走ってきた道と違う」という違和感が、北海道に来たという実感をもたらした。

テンションが上がって、道端のグラベルにも突っ込んでみたり。
ここも本州と違うところかも知れないが、農道のようなグラベルが至る所にあった。ロードバイクじゃ無理があるが、少し遊ぶくらいなら大丈夫。
距離を稼ぐためには絶えず先へ進み続けることが大事だが、何せ1週間越えのライド。こういう気分転換も必要だ。
こういう海に向かってカーブするダウンヒル、本当に大好きだ。写真じゃうまく表現できないんだけど、自転車乗りなら分かってくれるはず。程よい下り坂を潮風に乗って、バイクを倒し曲がっていく。そう、あの感覚だ。
緩いアップダウンを繰り返し、今度は最北端を目指す。
もうなんていうか、道が気持ちよすぎる。
海岸線のワインディングロード。先へと続く、アスファルトの曲線が堪らない。もしかすると自分は道マニアなんじゃないかって思うくらい。笑
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しかし、この先に待ち受けていたのは楽しいものばかりではなかった。時刻は昼を過ぎ、だんだんと日が傾いていく。「彼ら」の時間がやってくる。
僕が今向かおうとしている先には、島牧村がある。2018年の島牧と言えば、住宅街へのヒグマ出没で有名な村だ。クマ出没地帯の夜間の走行は避けなくてはいけないから、日暮れまでに越えてしまうか手前で寝るか。基本テント泊の僕には寝床も死活問題である。

北海道は普段生活している関東圏よりも東にあるためか、いつもの感覚よりも早く日が傾いてきた。とはいえまだ15:00前だから、今日は島牧の手前まで行こう。
だが状況はそんなにのんきではなかったらしい。島牧に近づかなければ大丈夫と思っていた僕に、道の駅のおばさんから衝撃の一言が。『何日か前、そこのトンネルの入り口でクマ見たから気を付けてね』。
マジか、そんなの市町村のHPに載ってなかったぞ…!?

クマを警戒しつつも、まだ十分明るいし交通量も多いから大丈夫だろうとバイクを走らせる。程なくして、そのクマが出たというトンネルに差し掛かった。トンネルは途中から下り基調。スピードに乗って気持ちよく暗闇を駆け抜ける。
と、トンネルを抜けるところで、なぜか対向車がハザードをたいて減速。ん?どうした…?
その瞬間、道路の右端から茶色い塊が飛び出してきた。このシルエット知ってる、間違いなくヒグマだ…!!
ヤバいとブレーキに指をかける。が、ヒグマはそのまま猛ダッシュで左の草むらに走り抜けていった。自分はスピードが出ているし、戻っても登り基調。それならこのままダウンヒルしたほうが早くクマから離れられる。よし、突っ走ろう。
そのまま、次の街まで30㎞程ぶっ飛ばした。心拍数がやけに高いのは、飛ばして走ってるからだけではないだろう。草むらに入っていったクマは、それから見ることはなかった。
そのまませなた町に到着。セイコーマートによって、ご飯を食べてひと段落…。ああ、本当にビックリした。
でも考えてもみれば、もともとヒグマの住処だった山に僕ら人間が道路を通しているんだから、そこにヒグマが居たって何ら不思議ではない。山中で突発的に人を襲ってしまうクマも、僕みたいにビックリするからなんだろうなぁ…。なんとなく、クマの気持ちも分かる気がした。
そのまませなた町で時間を過ごし、日暮れの時間になった。
真っ赤に燃える西の空。ああ、やっぱりこの時間は美しい。波の音を聞きながら、太陽が水平線に消えるのを見送った。
この町でクマ目撃情報はないみたいだけど、流石に出会ってしまった以上外では寝られない。町の中にある、運行時間外のバス停をお借りした。近くにいらっしゃる方々に、一言ご挨拶して設営。どうやら町の方で管理しているバス停らしい。ありがとうございます。

目標は1日270kmだったけど、今日の走行距離は246km。今日はあまり走れなかったから、日の出とともに走りだそう。明日の始発は06:30頃だった。時間は十分にありそうだ。
就寝前、挨拶したご老人につかまってしまった。少しでも睡眠時間を確保したいが、ここは話を聞いておこう。
老人の話は、この町に生まれ育った戦後から、今の町の暮らしや自分の怪我・病気のこと。時系列もめちゃめちゃで、そもそも半分は聞き取れない自分語りだったが、同じことを何度も言うので理解はできた。老人の気持ちがなんとなくわかった気がした。
小一時間の話に区切りをつけ、やっと就寝。
自分にもいつか老いるときがくる。その時僕は、どんな老人になっているのであろうか。ぼんやりそんなことを考えて、眠りについた。
距離 246.6㎞|獲得標高 1,563m|グロスタイム 11時間42分
つづく