コラム

冬季北海道の前に。…僕のツーリングスタイルって何だろう?

2020年の冬季北海道ライドに向けて、準備を進めている僕。

—計画は万全か?

—装備に問題はないか?

—天気予報は悪くないか…?

構想を一つ一つチェックして、パッキングし、形にしていく。普段のツーリングならもっと大雑把に出かけてしまうけど、今回はそうもいかない。冬の北海道を走るのに加えて、難易度の高い冬山2つにソロで挑むのだ。

特に冬山登山のプレッシャーが大きい。北海道の山は標高こそ低いが、その難易度は非常に高い。海外の7,000m級に登るような登山家ですら、北海道の冬山で命を落としている。

 

—と、そこでふと思う。

『僕は何をやっているんだろう?』

 

寒冷地での長期ツーリングの疲労と消耗を勘案したうえで、さらに冬山にソロで登ろうというのは、我ながら可笑しな発想だとも思う。ライドも妥協したくないので、150㎞/dayのペースで走るつもりだ。オンロードなら大した距離じゃないが、雪道と冬の北海道の気候を考えると楽ではない。

でもなぜか、行きたくなっちゃうんだよなぁ…。

そういえば、僕に似たツーリングスタイルの人って殆ど居ないなと思う。

僕の属するカテゴリは「ロングライド」や「キャンプツーリング」、「旅」「エクストリーム」が近いと思うんだけど、どれもピッタリくる感じはない。ロングライドの代表格であるブルべにはあまり出たいと思わないし、キャンプは手段として好きなだけだし、旅ってほどのんびりもせず、エクストリームといえるほどイカれてない(イカれてるは褒め言葉です)

結局僕が一番楽しいことをしているだけで、それを一般化して表せる言葉はない。

 

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ふとブログをはじめた頃を思い出すと、実はこのブログのタイトル「ぼっちと孤高の分かれ道」もそんなところから由来していたりする。

「ぼっち」は一人を揶揄する言葉

「孤高」は一人を尊敬する言葉

僕はどっちの人間なんだろうかと、自分に疑問をぶつけて試すような気分で名付けた。僕が一人でいるというのは、日常生活においてもそうだし、今回話題にしているライドのスタイルだってそうだと思う。自分的にドンピシャ嵌まるものって、どこにも見当たらない。

最近は「ロングライド+オフロード」とか「雪道+自転車」、「自転車+登山」みたいに、意味不明なジャンルに走りつつある僕である。僕は一体何が好きなんだろう?

まず僕は、自分の体力を発散させるのが好きだ。フラフラになって心が折れそうになって、それでも走りぬくのに楽しさを感じる。まだ自分を信じられると思える。

自然と景色も好きだ。色づいた空や月明かりの森、霞む山並みに淡い海岸線…。走りながらこんな景色を眺める時間が幸せだと思う。その世界ににひと続きに伸びる道が美しいと思う。

僕の足跡が付くのが好きだ。雪山のラッセルの様に、自分だけの走りの軌跡を残したいと思う。先人が作った足跡の上に、自分の軌跡を塗り重ねる感覚が堪らない。

ぼんやりと意識を飛ばせる時間が好きだ。誰の干渉も受けず全てが自己責任で片付けられる、自由な世界が心地よい。開放感があるのにどこかピリッとした、あの感じが良い。

冒険感が好きだ。「未開」ではなく「未知」の走りがしてみたいと思う。それは多分冒険ではなく冒険”感”で、ドキドキとワクワクの中で何かアップデート出来るのが気持ち良い。

 

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前のコラム『ねえ、死ぬかも知れないのに、どうして山に登るの?』でも少し触れたけど、僕の祖父は山屋だった。仲間を失いながらも、海外の7,000m級未踏峰にも挑んだ。

孫の僕に、祖父はあまり山の話をしなかった。というか、僕が大学の山岳部に入って山に行くまでは、一切口にしなかった。きっと山が好きだったろうに、いろんな思いがあったろうに。

—今はなんとなく話をしなかった気持ちも分かる。僕にもし息子が出来たら、山に行こうとは言わないかも知れない。

 

そんな祖父はもうこの世に居らず、写真のナイフとコンパスは遺品である。僕が初めて冬山に行く前に、祖父に譲り受けたもの達だ。祖父は裕福な家庭ではなかったから、別に高価なものではない。例えば今オークションにかけても、数百円か数千円にしかならないだろう。それでも僕には、御守り代わりの大事なものだ。

アイゼンを研いで山に行く。

ふと思い返せば、僕は道具も好きだなと思う。僕の好きな『道具』は目的の為に最適化されていて、それがありありと見て取れて、実際に使われた痕跡がある…そんな物体だ。

自転車界隈にはバイクの傷を気にする人も多いが、僕は実用上問題なければ全く気にしない、というか寧ろ好きだ。その傷が僕の思い出であって、その時その場所で使った痕跡であって、あるべき傷がある道具こそ美しいとさえ思う。

遺品のナイフだってそうだ。祖父の使った傷がたくさんあって、その上に僕の傷が付いていく。傷つき欠けては研ぎなおして、その時間の流れと積み重ねが道具にはあって、きっとそれには何よりも価値がある。僕はそう思う。

 

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話は戻って、僕のツーリングスタイルだ。

やっぱり上手く一言で表すことは出来ないけれど、結局はたくさん挙げてきた『僕の好きなもの』を味わえるのが、僕のツーリングスタイルだ。だから体力的に厳しいこともするし、ぼんやりとした余裕があって、ちょっと変わった新しいこともしてみたくなる。

 

何も問題がなければ、この記事が投稿される頃、僕はちょうど冬の北海道へ出かけたところの筈だ。真冬の北海道を150㎞/dayで走り、北海道の羊蹄山・斜里岳に単独登山する計画を立てている。天候次第・体力次第でどこまで達成できるか分からないけど、準備はしてきたし思いっきり楽しむことに集中しているんだろう。

オロロンラインは15m/sの風が吹き荒れた

自転車が大好きな僕だけど、きっと世の中には楽しいことがたくさんあって、別に自転車に固執する必要はないとも思っている。全く乗らなくなるとか嫌いになるってことはないだろうけど、優先順位が変わるのは十分あり得ることだ。

それもあって、僕はブログのタイトルに「自転車」とか「サイクリング」とかを付けなかった。これは僕の道と軌跡であって、自転車はそれを支えてくれる相棒で大事な道具だ。自転車が先行するんじゃなく、僕を運んでくれる道具として、自転車は輝くし美しいと思う。

 

自転車は今も今までも、僕を楽しませてくれた。さぁ、コイツは僕をどこまで運んでくれるのだろう?

それを試す旅に、今僕は出かける。

おわり

冬季北海道ライド&登山のまとめはこちら

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