コラム

【登山】北方稜線へ、慰霊碑訪問にいってきました。

2018年夏、僕は山岳部の夏合宿へと出かけた。

今回の合宿の目的は、剱岳の北方稜線にある慰霊碑の訪問だ。
その慰霊碑は今から60年近く前に起きた事故で亡くなった部員を祀るものらしい。

実はこの山行の計画を聞くまで、僕の入っている山岳部で死亡事故が起きていたなんて知らなかったし、その慰霊碑が山中に設置されている事ももちろん初耳だった。

事故が起きたのはもう随分前のこと。その時代の現役部員だったOBさんと、慰霊碑の場所確認・修繕の為山に入った。

<目次>
0日目ー準備
1日目ー入山
2日目ー脚に異変が…
3日目ー慰霊碑訪問
4日目ー苦行の下山

準備

本山行の目的である慰霊碑は、剱岳の「北方稜線」と呼ばれる地帯に設置されている様だった。

登山をする人ならご存知と思うが、北方稜線というのは非常に難易度の高いコースとして知られている。危険な岩場やガレ場が多く、鎖や梯子等の補助具がない。しかも雪渓(雪が残っている谷や沢)のトラバース(斜面を横切ること)もあり、滑落の恐れが高くルートも見失いやすい。

「剱岳から北へは、一般登山者は立ち入らないのが賢明」なんていわれていたりする。

ルートはこんな感じ

上地図の☆マークが慰霊碑のおおよその位置。文字では書いていないけれど、その辺りに三ノ窓・小窓という場所がある。途中場合によってはザイルも使う、テクニカルなコースが待っている。

日程は4日間の予定で、天候をみて2日目か3日目に慰霊碑訪問。予備日も見て5日分の準備をした。

 

軽量化のために、今回は珍しくα米を多用する計画。やっぱり軽いって正義だ。(それでも部装備を詰めるとザックは25㎏くらいになってしまった…)

 

1日目

入山は11日の夕方を予定していたが、バスの大幅な遅れで12日早朝に。OBさんと合流するベースキャンプまで急いで歩くこととなった。

登山口までは、扇沢から立山黒部アルペンルートのトロリーバスを用いる。有名な黒部ダムや立山までの道とあって、登山者だけでなく観光客も沢山いた。

ちなみにこのトロリーバス、来年からは新型のバスに切り替わるらしく、この型が見られるのは今年までのようだ。

始発のトロリーバスで黒部ダムへ向かい、歩き出したのは07:00ほど。一般の観光客とは異なる、トンネルの先へと進み、そこから登山道に入る。

すごく冒険感があって、そそられる入り口だ。黒部ダムの観光客や登山客は沢山いるけれど、この道を知ってる人はいったい何人なのだろう?

ベースキャンプ(BC)は真砂沢。コースタイムが7時間位だから、まぁそこまでキツイ道でもない。

今回の山行の現役組は、僕含め3名。部員の中でも体力的に上位3人だから、不安はない。

そびえ立つ黒部ダムの迫力

黒部ダムの上が観光地になっているけど、実は下側に降りていく登山道がある。BCまでの道のりは何度か渡渉(としょう=川を渡ること)する箇所があって、こんなアングルの黒部ダムが見られたり。

山行前後の天候は不安定で、足場もあまり良くない。濡れた岩や樹の根は、かなり滑るのだ。それは山専用の登山靴を履いていても同じ。

途中こんな道もあって、バリエーションに富んでいた。落ちたら即死かは分からないけど、そこそこ危ないのは間違い無い。

ここは安定した鎖があったから、見た目ほど恐怖感はなかった。キレット(尾根が深く切れ落ちているところ=手足を滑られたら即死確定)みたいな場所よりよっぽどマシだ。

 

サクサク歩き、5時間ほどでBCに到着。OBさんに挨拶し、翌日の慰霊碑へのルートとなる雪渓を偵察した。

ルートとなるのは、三ノ窓雪渓。雪渓はその年によって、積雪が多かったり雪解けが早かったりと状況はマチマチだ。

先に見える雪の斜面が三ノ窓雪渓

今回も溶けてきており、油断は禁物。「溶けた方が楽じゃん」と思うかも知れないが、溶けかけた雪渓は下に雪解け水の川が流れており、急に足場が抜けて氷の中の川に落ちかねない。
言うまでもないが、そうなったら一貫の終わり…。人が冷水に浸かって生きていられるのはせいぜい10分だ。

我々の目的である慰霊碑は、この雪渓を登った先の三ノ窓と小窓の間にあるらしい。三ノ窓や小窓というのは、有名な剱岳から北側に伸びる尾根=北方稜線上にある。

 

なんとか雪渓への取り付きまでのルートを確保し、BCに帰着

山で飲むコーヒーは美味い

OBさんと共にご飯を食べ、昔の登山や大学山岳部について話を聞いた。
雪渓はアイゼン無しで登っていたこと、競ってルート開拓をしたこと、出発時の装備は70kg近くあったこと…。

今じゃそんなこと考えられない。半世紀の歴史を感じた。

 

2日目

夜間は雨が降り出し、雷でテント内がピカピカ光って寝辛かった。そしてその雨は、出発時刻になっても止むことはなかった。

とはいえ、雨脚は行動不能なほどでは無い。荒天時はBCにて停滞の予定だったが、昨日偵察した三ノ窓雪渓より安全な池ノ平へのルートから、小窓〜三ノ窓を目指すことになった。

OBさんより僕ら現役の方が歩くのが早いから、先にBCを出たOBさん方を追いかける格好だ。いつも通り支度を済ませて出発。

しかし、ここで体に異変が。
昨日は大して疲れていないはずなのに、脚が異常に重い。

まぁ、朝調子が出ないのはたまにある事。そのうち良くなるさと歩みを進め、OBさんと合流。雨も止み、天候は回復した。

しかし見立てに反して、脚はどうにも動かなかった。

途中からはOBさんのペースに合わせているから、普段よりもかなりゆっくり歩いている。なのに、そのペースについていくのがしんどい。

自己診断だが、心肺機能に異常はない。消化系もOK。ただ単に、脚-具体的には太ももの前側に、力が入らない。

徐々に遅れる僕に気づき、現役のリーダーが声をかけてくれた。

「どうした?」

「ちょっと調子悪いんだけど、まぁついて行くから大丈夫」

そう言おうとした時だった。一瞬、脚がガクガク震えた。あれ?これはマズイかも…。

「ごめん。原因は分かんないけど、脚に力が入らなくて割とヤバいかも」

そう言い終えた時、僕は膝から崩れ落ちた。急に両脚の力が抜けたのだ。

予想外の事すぎて、自分で何が起こったのか理解できない。反射的に近くの木を掴み、なんとか体勢を保つ。どうやら上半身は生きてるようだ。が、普通に考えて、この先に進める脚じゃない。

 

それを見たリーダーに、僕はBCまでの下山を告げられた。当然の判断だ、僕でもそうする。そもそも、ついていけないのだから、降りるしかない。

しかし、それでも僕にとって一人で降りるということは屈辱的だった。体力には自信があったのだ。自分が行けないのが、ただただ悔しかった。

先に行く仲間を見送り、悲壮感漂うぼっち下山が始まった。

止んでいた雨が降り出し、ぼくはトボトボとBCへ戻る。下山中、足の具合を確かめる。全くどうしたって言うんだ。止んだ雨がまた降りだした。

いろんな歩き方や休憩時間を試して、休憩や負荷をコントロールすれば、ゆっくりだがある程度は歩ける事がわかった。下りや足場の不安定なトラバースは負荷が大きいが、登りは楽に歩けた。

それにしても、何が悪かったのだろうか…?

症状から考えるに、下山時の負荷が過大なときに起こる過度な筋疲労だけど、今日はまだ殆ど下っていないし、休憩してもあまり回復しないのはおかしい。

答えはでないので、考えるのをやめた。すると、自分が一人で山歩きをするのが初めてである事に気付く。

あぁ、自分の足音だけの山道も良いもんだ。

自分の足音だけとはいっても、辺りはかなり賑やかだった。雨が木の葉を打つ音、レインウェアを打つ音、雪渓を流れる川の轟音…。遠くの空からは雷鳴が時折聞こえる。

そこに、僕の登山靴の硬い靴底が、岩を踏み草を踏み、土を踏み砂利に擦れる音が混ざった。

BCに到着。

必要な道具をテント内に入れ、ガスストーブでずぶ濡れのウエアを乾かす。まぁ、外がこんな雨じゃ、実際はこれ以上濡れないだけで乾きはしないのだけれど…。

両脚のストレッチをしながら、あれこれ考える。なんでこんなことになったのだろう?

天候はどんどん悪くなっていった。雨も強く、雷も増えてきた。先に行った他の仲間は、大丈夫だろうか?

程なくして、彼らも帰ってきた。予定より早い帰着。聞けば、天候が悪いため小窓の雪渓で引き返してきたらしい。

僕は脚の状態を共有しつつ、明日についてあれこれ話し合う。きつくならない歩き方の目途が立ったので、回復していれば行きたい。結局は明日の様子次第で判断となった。

頼むから、歩けるようになっていてくれ。

そう祈りながら、シュラフに包まった。

 

3日目

昨晩の悪天候と打って変わって、心地の良い朝となった。

快晴ではないけれど、すぐに雨が降りそうな気配はない。OBさんの指示で、予定通り三ノ窓雪渓から慰霊碑に向かうことになった。

僕の脚はと言うと、回復したとはいい難い状態だった。相変わらず調子が悪い。

雪渓の登り口まで来て、リーダーと相談。不安がある以上BCまでの下山が濃厚だったが、遅れたら即下山という条件のもと慰霊碑を目指すことにしてもらった。

昨日の状態から推察するに、もともと得意な登りは2人のペースにはついていけるし、雪渓は足場が踏みやすいから負担が少ない。そしてOBさんに追いついた後はペースダウン。三ノ窓までついてからはザイルを使う場面も多いから、準備その他で実質的な休憩時間はかなり伸びる。その時間に脚を休めながら北方稜線をクリアし、あとはマイペースにBCまで下山すれば良い。

そんな見立てがリアルについた上での提案だ。

標高が上がるにつれて、ガスが多くなってきた

ザク、ザク、というアイゼンが雪を掴む音と感触。僕は雪渓歩きが好きだ。

急登ではあるものの、予想通り十分ついていける。お尻の筋肉とピッケルに力を分散させることにより、太ももへのダメージもほとんどない。北方稜線まで、力を1ゲージでも多く残しておきたい。

雪渓を登り切り、三ノ窓付近に到着。

正面にはジャンダルムやチンネが聳え立つ。アルパインクライミングをやる人たちは、こんな岩山を登る。慰霊碑があるのも、このあたり。

OBさん曰く、慰霊碑はこの上にあるようだ。

途中雪渓が割れていて、ルート開拓に時間を要したものの、僕の脚もちゃんと持っている。朝の見立ては正しかったようだ。

ここからはザイルも使いながら、慰霊碑まで登る。60年前の先輩が、死んだ場所。

頂上直下の岩肌に、それはあった。

話を聞けば、この北方稜線は当時の定番コースになっていたらしい。58年前の春、この三ノ窓で、雪崩に遭って亡くなったという。慰霊碑は、⇧の画像右側~真ん中にせり出した岩に、埋め込まれている。

画像左側の池ノ谷ガリー、八つ峰、チンネを見渡す、見晴らしのいい場所だった。

来るまでは「なんでこんなに行きづらい場所に作ったんだ」なんて文句を垂れていた僕らだが、この場に立って納得した。確かに、この景色に葬ってやりたい、そんな眺めだ。

亡くなってきた先輩方の歴史の上に、僕らが立っている。

あるいは、僕らもその歴史になるのだろうか?その可能性も、常に孕んでいる。

僕の右下に見えるのがテント。この高度感。

無事に慰霊碑訪問を終え、小窓雪渓へと向かう。

ここからが北方稜線の本番。ルートに詳しいOBさんの先導のもと、稜線から離れ、小窓ノ王、小窓ノ頭、小窓へと歩みを進めた。急傾斜のトラバース区間など、危険個所も多い。噂に違わぬコースだ。

滑落したら一発で谷底へ。ここは大事をとってザイルを使う。

僕の脚も、小窓雪渓まで何とか持ってくれた。あとは雪渓を下って、池の平から昨日と同じルートでBCへ下山するだけ。

とはいえ現役最強の2人のペースについてはいけないので、先に行ってもらい僕は一人でのんびり下山。昨日の楽しかった1人山歩きが蘇る。もちろん1人の方が危険度は高いけど、楽しくなってしまうのはなぜだろう?

BCへ到着し、夕ご飯。

何とか持ったとはいえ僕の脚はかなりキていたから、危機管理的にはあそこで下山していた方がよかったのだろうな、そんなことを考えた。僕の命は僕のものだけど、山での事故は山に関わる人みんなのものになってしまう。

リスクと自分の欲望と。その天秤はむつかしい。

暗くなると、また雷雨が始まった。明日はBCを撤収して下山。天候と僕の脚は持ってくれるのだろうか…。

 

4日目

今日は黒部ダムまで下山し、横浜まで帰る。

撤収の時間もあるから、朝早くに起床。暗いうちに朝食を済ませ、撤収作業に入る。

パッキングの合間にストレッチをしたり、歩いたりして脚の様子を見る。昨日と同じか、もう少し悪いか…。これは、最悪2人には先に降りていてもらおう。ゴールの黒部ダムまでは、まだ途中にテント場がある。

BCからは、沢を基調に歩いていく。

はじめは平坦、次に400m登って700m下り、また200m登り返す。登りはいいとして、700mの長い下りが難所だな…。昨日までに比べて圧倒的に荷物が多くなっているから、下りの負担はかなり増えているはず。とすると、厳しい状況になりそうだ。

2人に頭を下げつつ、いつもよりゆっくりのペースで歩いていった。

予想通り、登りはクリアし300mまで下れた。あと半分ちょっと。

しかし、この辺りから脚が限界になってきた。下りの一歩を踏み出すたびに、脚のHPが削れていく。HPが0になって踏ん張りがきかなくなると、そのまま膝から崩れ落ちてしまう。

どんなに休憩しても、HPが良くて20/100くらいまでしか回復しないから、またすぐに脚がガタガタになってしまう状態だった。一歩踏み出して休憩、また一歩踏み出して休憩…。

全力で踏ん張っても力の入らない脚で歩き続ける苦痛と、2人への申し訳なさが募る。先へ行ってもらうことを提案したが、時間があるからと一緒に来てくれた。ありがたい。

 

結局来た時の1.5倍の時間をかけて、黒部ダムに到着した。

トロリーバスで扇沢駅まで移動し、今回の山行は終了。

横浜へ帰るバスまでの待ち時間で、かつ丼を食べる。山行後のカツは本当に美味い。

脚がかなりガタガタになってしまい迷惑をかけたが、何とか予定の日数通りにこなすことが出来た。慰霊碑訪問が叶ったのが喜ばしい。

しかし、なぜ脚がこんなことになったのか?無理して歩いた記憶はないのに、ここまで脚が逝ってしまうなんて初めてだ。

次山に行くまでに、病院に行きつつ調べて、対策を立てないとな。この脚は、自転車も山でも欠かせないものだ。

 

おわり

 

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